選ばれし者?
先日、自分の夜勤中にお亡くなりになった方がありました。
前回、、、といってもだいぶ前ですが、その方も自分の夜勤中でした。
そんなこんなで、「井さん、選ばれましたね」とよく言われます。
もちろん、滝子の施設でお亡くなりになる方全員という訳ではありません。
いつかは、どこかで、誰かの前で亡くなるのが大多数だと思いますが、
果たしてそのタイミングを選ぶ事なんてできるのでしょうか?
選ぶ事ができるのであれば、「選ばれた」となるのでしょうが、
この真実は絶対に解き明かされない、神のみ知る秘密事ですよね。
なので、選ばれる選ばれないなんて考える必要もない事ですが、
そこから、その場面から何を感じ、何を学ぶかは大切な事なのかもしれませんね。
最後の瞬間に立ち会う事の意味は、分かる訳もありませんが、
「お疲れ様でした」「ありがとうございました」「どうか安らかに」
といった思いは、死亡が確定した後に感じた事です。
今回は「そろそろ」といったステージに入ってはいたものの、
この夜勤中にという心構えはしていないタイミングでしたので、
まずは戻ってこれる可能性を信じ、全力で心臓マッサージを続ける
事しか頭にありませんでした。
「戻って来られる事を信じて」
結果、心拍は再開する事なかったですが。
基本僕等の仕事は「生きている間に何ができるか」ですので、
振り返ると、足らない事だらけですが、
介護に「完全」「完成」はないと思いますので、
一つのご縁が「完結」したという事実があるのみです。
残ったのは感謝しかありません。
「自分なんかでごめんなさい。でもありがとうございました」
介護は最後の場面に立ち会う事が許される、
尊い仕事なんだと改めて感じました。
ご冥福をお祈りいたします。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
この日の、日の出の場面です。
「鳥が見送りにきたんだ」
と直感的に感じた印象的な朝でした。