「介護の専門性」考①
先日「介護の専門性をいかに教えるか」と問われた。
私が思うに、「いかに教えるか」ということなのだろうか?
「介護の専門性とは何かを“気づく”“考える”機会を与える」こと。
「それに向かう個々のモチベーションをどのように“引き出す”か」ということではないだろうか?
職員達は大人です。
学校教育のような「教え育てる」ではなく、「伝え育つ」もの。
信頼を寄せ熱意を持って伝え続けることで、自ら考え・気づき、自らの力で育っていくということではないか。
先週、和田からも「大人としての心構え」等について緊急職員会議で語ってもらった。
熱意は伝わるか。
思いは伝わるか。
共に、「介護」「専門性」を考えよう。
追求しよう。
語り合っていこう。
和田が言う、「開花支援」は職員もしかりである。
それは「開脚」やろ。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
丼ぶり祭り
先日の昼食の希望を小規模多機能の利用者に伺うと、丼ぶりの希望が出た。
穴子丼、親子丼、かつ丼、焼き鳥丼、牛丼・・・
丼ぶりだらけの「丼ぶり祭り」
この種類を同時に作るのは結構手間がかかります。
でも、利用者が昼食作りにかかわる手間が増えることは大切なことです。
天ぷら鍋、魚焼き器、鍋、フライパン・・・
たくさん調理器具を使用します。
なるべく自分の丼ぶりはご自身で調理をして頂くのですが、同時進行なので「てんやわんや」
後片付けも大変大変。
でも楽しいですね。
職員都合や価値観による、皆一緒のメニューが平等とは思えない。
自分の食べたいものを、食べるのが平等ではないか。
(あれ?大逆転のどこかに書いてあったな・・)
154円の焼き鳥櫛串をのせる「焼き鳥丼」
800円のうなぎをのせる「うな丼」
それぞれが、それぞれの食べたい物であれば、値段的に平等という事ではなく、それぞれの本人本意に基づく「平等」
豊かな昼食の風景がそこにあった。
でも、作る前の食べたい丼ぶりの記憶は残ってないので、気づいたら違う丼ぶりを食べてしまってるのね・・・
ま、いっか。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
家族懇談会
小規模多機能・クラブ滝子では、毎月1回家族懇談会を開催しています。
趣旨は、当法人が運営する小規模多機能居宅介護は登録定員18名
『通いサービス利用定員15名』、
『宿泊サービス利用定員8名』
と決まっています。
全員が毎日通いができるわけではありません。泊まれるわけではありません。
『自宅での生活を続けさせてあげたい』という共通の想いをもって介護にあたる家族が交流をはかります。また家族の急な用で何かあった時に定員オーバーしているときに、
『お互い様だから代われるわよ。』と
譲り合う関係、相手を思い描ける関係を築くことも目的の一つです。
実際、急遽主たる介護者が入院となった時に、利用者さんを自宅でみることができないので宿泊が必要となった時に譲り合いがありました。
その他に1か月の利用状況や職員の状況、映像で紹介、事故報告などしています。
職員で悩んでいること相談させていただいたりもします。
例えば、施設の駐車場をスタッフで枕木を買ってきて整備したところ後々、少しずつ凸凹と不備が出てきました。『どうしたらいいものでしょうか?』と相談をすると
家族懇談会終了後、早速家族の皆さんで現場検証をし、『土を掘り起こして砂利を入れてやり直すことかな?』と教えてくれました。
その後日、『枕木を支える釘(?)なら家にあるよ!』と教えてくれました。
他にも、『○○の件ですが、こうしたらどうでしょう?下準備は、私やりますよ!』などメールをくださいます。
その場だけではないのです。
『お世話する側』『お世話をお願いしている側』という関係性になりやすいですが、家族懇談会を始めて『利用者を共に支える同志』『滝子通1丁目福祉施設を盛り上げていく同志』と『変化』していると実感しています。
勇気づけられた家族からのメールをご紹介させていただきます。
『色々試せば必ず、これだ!という答えが見えてくると思います! 体に気を付けて下さいね。いつも一緒に考えていきたいと思っています。』
本当にありがたいです。
↑
『日ごろ頑張っている皆さんに!』と家族から家族へ贈られた素敵なポストカードです。
日々の家族のご協力に感謝の気持ちとともに
認知症になっても、障がいをもっても
『人が生きる姿』を追求すること
介護から生きること支援へ。
職員一同、皆さんにお応えできるように挑んでまいります!!
今後とも、宜しくお願いいたします!
滝子通一丁目福祉施設 副施設長 佐藤 恵美子
「豊かな風景」続
昨日は「仲秋の名月」でした。
この日に満月にならない日もあるとこのこと。
ちなみに、この日に満月になるのは8年後だとか。
滝子では、20時頃に各階で工夫してこの機会を大切に演出している風景がありました。
屋上に集まり、月見まんじゅうを頂く階。
それぞれのフロアの外のスペースで楽しまれる階。
障害を持っても、認知症になっても、車いすでも・・・
「人として生きる姿」の一環としての、季節行事。
ある方がつぶやいた・・
「90年生きてきた中で、一番綺麗な月だわ」と。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
ある日の買い物
クラブ滝子では1階2階のグループホームと合同で毎日の食材調達に近所の、(と言っても片道700メートルありますが)公設市場まで買い物に行きます。
ある日の買物支援。最近は認知症の進行、歩行能力の低下により毎日参加していたのがめっきりいかなくなってしまったAさんに声をかけてみたところ「行ってみようか。」と。
念のため「SOS電話をするかもしれない。」と他の職員へ伝えて協力体制を整え、いざ買物へ。
市場まではにこやかに以前と変わらない軽い足取りで到着。一安心。
市場の休憩所で休憩しながらゆっくり買い物しました。
その時他の利用者さんが八百屋さんで野菜を買い求めている際、ふとAさんが離れて独り歩き出しました。
以前にも他の方の買い物を待つという事が出来ず、1人家に帰ると市場から外へ出て行ったことが度々ありましたので、
内心『あっ!やばい。』と思いましたが
八百屋さんの方は店主さんがいつも協力して下さり座れるように丸椅子を用意して下さっていて、
その時も職員である僕を介さず利用者さんと丁寧に買い物メモを見ながらやり取りして頂いていたので、
「ちょっと待って。」と引き留める声掛けをぐっとこらえ、その場を離れひとり歩きだしたAさんを後ろから見守りをしました。
するとある店の前で立ち止まりじっと品物を見ています。
その視線の先にあったのはカップラーメン。
そこで「僕もよく食べますよー。」と声掛けするとにこっと笑顔。
一つ100円のカップラーメンを自分の財布から100円を出して支払い(支払うことは分かっているけどお金を財布から取り出すことは難しそうでしたので声かけしてお手伝いました)、
ビニール袋に入れてしっかり握りしめてクラブへ戻られました。
好きな物を買う自由。
本当に本当に些細な私たちにとって当たり前のことですが、常に職員同伴の状況で利用者の皆さんがどれだけその自由を生活の中で感じているか。
何度も立ち止まって考えていきたい事です。
クラブ滝子 町上
日々変わって行く
2階スタッフの奥村です
暑さもようやく少し和らいできたでしょうか、日々の移り変わりの中、入居者様の状態も少しずつ変わって行きます。
高齢の方達ですので、年々年老いて体力は落ちていく一方、状態も年々悪くなって行く一方のように思われるかもしれませんが、そうとも限らないのが現場です。
去年は夏バテで少し弱ってしまわれた方も、今年は大きな変化なく無事暑さを乗り切れそうです。スタッフの技量も少しずつ上がってきているのが実感できます。
そんな中、今までプリン状の食べ物だけだった方が、ペースト状のカボチャなどのいわゆるミキサー食(ただまだ市販されている完全ペースト食ですが…)を食べる機会がようやく訪れました。
嚥下・口腔内の状態が、本人・スタッフ合わせたチームの取り組みもあり、少しずつではあるのですが、良くなってきたことや、それに合わせて本人の気持ちも非常に前向きに向かい始めた結果ともいえると思います。
この日、様子見もかねて居室にて食べて頂くことになったのですが、ご本人の部屋に向かう際の足取りが驚くほど軽く、杖をついているのにもかかわらず、競歩の如く速かったのでびっくりしました。
そして、久しぶりに食べる野菜の味に、あっという間にお皿一つ分を平らげてしまいました。
今まで我慢してきたことや、一生懸命に取り組まれていた姿を見てきただけに、思わず「ですよね~」と…
こういうご本人の気持ちを大事にし、少しでも美味しく食べられる工夫を以て支援して行きたいと改めて思いました。
まだまだチームとしての課題もあるし、この方の食事を元に戻していくという取り組みの中のまだまだ第一歩の段階であります。
ですので、本人を含めたチームとして何処まで元の食事に戻して行けるのか・近づけて行けるのか分かりませんが、頑張りたいですね。
Published by グループホーム2Fリーダー 奥村
「豊かな風景」
先日の夕方、1階の庭の前に人が集まっている。
サンマを焼くための火起こしの場面に、近所の方々が集まってきていた。
「懐かしいわね」等の声が聞こえる。
火を起こしてくれているのは、毎日のようにお世話になっている喫茶店のマスター。
通りがかりで気になったようだ。
夜にはサンマの焼ける臭がただよっていた。
「豊かだなぁ・・・」
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
ご縁
前のブログの記事にもありましたが小規模多機能を利用されていた利用者が亡くなりました。
昨年の8月にクラブ滝子で働き始めた頃から利用されていましたので亡くなる最後の一年間のご縁でお付き合いをさせていただきました。
関わることが難しい状況の方でしたのでその間に何度も自分の支援がどうなのかと考えました。
何度も何度も自分の気持ちを試していただきました。
毎日の生活を支援すること。
仕事ととして自制心を常に保ちながら常に相手に共感する姿勢を持つこと。
人間は苦しくなればなるほど相手の気持ちを眩しいばかりに反射すること。
そしていかに困難な時にも人間は接し方によって微笑むことができるということ。
困難なコミュニケーションだからこそ感じられることがあり、学ぶことがある。
認知症や障害、そして老い、それを単なる社会的弱者、隅に寄せられるものとみなすことはできない大きな物をいただきました。
高齢者、障害者と呼ばれる人たちは確かにその内に他の人にはない豊かさを持っています。
しかしその豊かさは自ら輝くものではなく私たちが磨かなければ光らない儚い豊かさです。
そしてこの現代においてその光が輝く場所は非常に限られています。
しかしその儚さゆえに人の心に留まり、確かな重さを持ち、私たちの生活の中の確かな道しるべになると思います。私たち人間はそのことを感じながら社会を積み上げてきたのではないでしょうか。
今はいなくなってしまった人を想うこと。そして今を積み上げること。このご縁を大切にしたいと思います。
Published by 小規模多機能・クラブ滝子 町上
「おせっかい」2
本日の夕方の送迎時、地面に座り込んでいる高校生を発見。
気になったので、利用者さんが2名乗車中でしたが、同意を得て再びその場所へ戻りました。
声をかけると、頭痛がひどく気持ち悪くなったので、自転車から降りて家族に連絡をしたところだという。
赤ら顔で水分をしばらくとってないとの事だったので、近くの自販機でスポーツドリンクを購入。
利用者の自宅付近だったので、部屋まで送った際に氷を頂き、再び高校生の基に戻り家族到着を待ちました。
すぐに家族と合流できたので、自分はそのまま送迎続行。
残りの送迎を続けている時にふと頭をよぎる。
「心配してあの場所へもどる可能性もあるな・・・」 氷を分けて頂いた利用者は独居で、自分で外出もできる。
その高校生が気になってその場所に戻る事も考えられるので、15分後に安否確認の電話をかけたところ、自宅にみえたので一安心。
「氷は首に当ててもらいました。家族が来られたので大丈夫です。感謝してましたよ」と伝えました。 利用者を巻き込んだ以上、ここまでが自分の仕事です。
ご家族からお礼を言われましたが、「介護職ですから」と伝えその場を後にした。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
「おせっかい」
先日の夜、施設を出る際に暗闇を歩行車をゆっくりゆっくり押して歩く高齢者の姿があった。
心配だったので声をかける。
「こんばんは。暗いですけど大丈夫ですか?」
「リハビリだからね」「昼間は暑いから夜しか歩けないでね」と返事。
「そうですか。気をつけてね。おやすみなさい」
いらぬおせっかいだったかも知れません。
しかし、このように地域の色々な事を気にかけながら関わり続ける事は、やがて地域の安心感へ繋がるのだと信じている。
私達は地域の中にある福祉施設であり、そのスタッフとして地域福祉に尽力すべき立場でもある。
「福祉」とは皆の幸せ。
皆が安心して暮らせるように、微力ながらもおせっかいを続けていきたいものです。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治