介護は何処へ・・
<認知症>徘徊し女性死亡
通所先施設に賠償命令 福岡地裁
毎日新聞 9月9日(金)配信記事より一部抜粋
外出癖があった認知症の女性(当時76歳)が、通所先のデイサービスセンターから抜け出し、そのまま死亡したのは施設側の責任として、女性の夫ら遺族3人が施設を運営する社会福祉法人を相手取って計約2964万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福岡地裁は9日、施設側の過失を認めて計約2870万円の支払いを命じた。
判決によると、2014年1月23日昼ごろ、施設非常口から抜け出し、3日後に施設から約1.5キロ離れた畑で死亡した状態で見つかった。司法解剖で死因は凍死と判明した。
裁判長は「施設職員は女性に外出癖があることを認識しており、見守る義務があるのに違反した。施設は職員を指導監督するべきだった」と指摘。
施設側の「抜け出しても死亡までは予見できない」との主張を退け、「外出すれば独力で帰ることはできず、低体温症で死亡することは十分あり得る。義務違反と死亡に因果関係がある」と結論づけた。
遺族側の主張もごもっともであります。
しかし詳細は分からないにせよ、介護関係者にとってはとても重い判決であります。
今回の判決は「見守る義務」をおこたったという事がポイントで、「外に出してはいけない」という事とは違うという事です。
ここを捉え間違うと、「外に出さない」「閉じ込め」「社会と切り離して」という権利や人権の侵害が進む、時代の逆行になってしまうような気がするのです。
職員の意識向上に向けて指導監督を進め、ハード面の工夫、もしもに備えた家族との事前確認、等の取り組みを進めながら、「見守る義務」と「人権・権利を護る努力」を両立できるようにしたいものです。
滝子の施設でも、過去に何度も何度も行方不明が起こっています。
この先も起こる可能性はあります。
今回の判決を受けて、再度気を引き締めていかねばと思いました。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
家族と共に
「いつも通りの母にサンキューです(笑)」
小規模多機能クラブ・滝子を利用中のご家族とのメールのやりとりの中の一文です。
「いつもの母」というのは、穏やかな状態を差している訳ではありません。
基本的に介護の量は多く排泄や入浴は全介助、それもすごく嫌がられる事が多い方です。
(本人側の視点で考えれば、嫌な気持ちは当然ですが)
関わりも、こちら側のペースにもっていきにくく、本人に合わせる事が必要です。
昼夜問わず、大きな声で独り言を話される事も結構あります。
介護の量や関わりの難易度は高く、職員でも対応に悩む事は結構あります。
そんな「いつもの母」に対し、「サンキュー(笑)」と言い放つ事ができる、同居の「家族力」「センス」には脱帽するばかりです。
そして、職員側も「頑張らなくちゃ」と励まされ、パワーをもらえているような気がします。
もちろん家族皆がそうなるべきだとは思っていません。
それぞれの家庭の事情があり、介護サービスを利用されている訳ですので。
ただ、関わりが多く持てる家族もなかなかとれない家族とも、一緒に進んでいけたらありがたいですね。
互いに学び合い協力し合い、共に今とこれからを乗り越えていく仲間です。
お互いの人生の一コマを重ね合わせ、織りなしていく。
そんな関係が持てる介護の仕事は素敵だと思います。
そんな感覚を意識して、仕事をしてみるのもいいのではないでしょうか。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
夜間に話し続けたり、動き回ったりする時も多く、一緒にいれば睡眠がとりずらい状況にあると思うのですが、
たまたま寝られた時に「今日はパラダイスだね」と家族の間で喜び合わあれてもいるそうです。
「パラダイス」って・・笑
素敵ですね☆
ごもっとも
職員にとって意味や意図があってやっている事は結構あると思います。
しかしそれは施設内でのやり方だけの話で、一般的な視点からみると「おかしい」事があります。
滝子の施設の場合、その一つはトイレの扉です。
写真の通り、結構開いている事が多いです。
しかし利用者からみると、「電気も付けっぱなしで、扉もしめんと・・」と言われたりする事があります。
開けっぱなしにはそれなりの理由がある場合もありますが、「慣れ」の中で気にならなくなっているのも事実です。
そんな「施設の常識は、社会の非常識」といった事に気づかせて頂ける事はありがたいですね。
気を付けていきたいと思います。
「ちゃんと閉めとかんといかんよ」
「ごもっともです。すみません~(笑)」
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
姿勢
高齢や要介護状態、認知症の進行状況によっては、姿勢の保持が難しくなる事があります。
本人の脳や体の状態だけのことはなく、使っている椅子の形状の影響を受けることもあります。
滝子で使っている椅子は写真の、黄色の椅子ですが、背もたれにひじ掛けもついている回転タイプです。
どの椅子もそうですが、座り慣れていくと、どっぷりもたれてしまう癖がついてしまうことがあります。
姿勢が悪いと色々と良くないのですが、食事の時の「食べるための姿勢」もちゃんとしたいものです。
職員はいい姿勢を目指し、クッションを背中や肘にあて、姿勢を保つための工夫をしているのですが、それでもなかなかいい姿勢を作るのは難しいと感じています。
丸椅子です。
誰でも、なんでもという訳にはいきません。
転倒に備え、そばから離れない体制がとれる時。
本人さんの体が丸椅子を認知し、姿勢保持をしようとする反応があるか。
椅子の高さ、足の接地はどうか。
座面に対して、重心をどのあたりにとるか。
体に痛みがないか。
様々な状況把握が必要ですが、条件をクリアできるようにアプローチすると・・
食べる姿勢が整い、意識がはっきりし、自分で食べる割合が増え、スピードが上がり、食べこぼしが少なくなったり等、色々ないい要素が出てきています。
最初は20分くらいで後傾になったりして、通常の椅子に座りかえていましたが、少しずつ座位保持の時間も長くなってきて、最初の倍くらいは座位保持できています。
(倒れ掛かった時にカバーできるように、他の椅子を背中や横にセットする等のサポート環境も体制です)
姿勢に影響を与える本人にあった椅子環境の見直しも、大切な仕事ですね☆
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
防災の日
今日9月1日は「防災の日」です。
昨日、岩手県のグループホームで入居者9名の遺体が発見されました。
台風10号の影響により川が氾濫し、濁流にのまれてしまったようです。
とても残念な事です。
まずはご冥福を祈らせて頂きたいと思います。
後は、この出来事から何を学ばせて頂くべきでしょうか・・
町が避難準備情報を出していることを把握しながら、入所者を避難させていなかったそうです。
外からは何とでも言えるでしょうし、実際その現場にいれば、とても判断に迷う事だと想像はできます。
豪雨が降っている中、施設の外への非難は相当大変ですし、躊躇するでしょう。
ちなみに高齢者などは、避難勧告や指示が発令される前の準備情報の段階で避難させることが求められているそうです。
人命、それも自分で自分を護れなくなっている要介護状態の高齢者を預かっている以上、最悪の事を想定して早めの予測・行動が必要になるのだと、考えさせられます。
自分に予測力と、行動実行力が備わっているか。
いざという時に、命を守る指示を迅速に出せるか。
少ない職員で、多くの要介護者を非難させるためには、早目早目の判断・行動が問われます。
地震発生を察知する技術は進んでいるといっても、まだまだ予知は難しいですよね。
しかし、今回のように局地的な集中豪雨などであれば、地震発生を予知したり、それに備えるに比べれば、短期的な「万が一」「もしかしたら」といった予測行動はとりやすいものだと思います。
命を護るための行動に「やりすぎ」も「無駄」なこともありません。
結果何もなくても、「備え」の行動は早目で最優先されるべきなのだと、今回の出来事から学ばなければと思いました。
滝子では、大型地震後の津波想定、上階への非難誘導訓練は昨年1回しか行っていません。
河川の氾濫による洪水被害は少ない地域だと思っていますが、何かあった時のために、速やかな上階移動の避難訓練も実施せねばと思いました。
「備えよ常に」
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
緊張
久しぶりの買い物外出のNさん
現在は心身の状態変化により、たまにしか外出できなくなっています。
毎日外出している時は、歩行能力を把握しているため、予測や対応しやすかったのですが、現在の能力把握をしながらの付き添いは緊張の連続です。
いつ走り出すか
どのような状況で転倒するか
行きたい方向で導けるのか
道中の家やお店のの環境にどう反応するのか
出会う方々とどのように絡むのか
何が起こるか分からない久々の買い出しは、神経を使います。
持久力は低下気味すが、安定して車いすを押しながら700メートル先の市場に到着。
一場内は情報量が多く、混乱を招いたのか、ダッシュし始められたので一気に転倒のリスクが高まります。
対応としては、転倒防止と買い物を行うために、車いすに座って頂きました。
帰りは途中から歩いて頂きましたが、延べ1000メートルを超えたあたりから不安定さが出てきたので、最終的には車いすでホームへ戻りました。
緊張の連続、情報収取をしながらの外出は、神経をすり減らします。
しかしこれからの道を切り開くためには大切なきっかけでした。
「久しぶりだね~」
「元気だった」
市場の店主さん達から声がかかります。
「外に出るの好きな人だったから・・」
ご本人、身内の方の思いもあります。
「社会と繋がって生きる」
これを紡いでいく外出支援
緊張感が必要で、大変な支援方法だという原点の気持ちを、再確認させて頂きました。
これからも、「人として生きる」を支えるために、挑み続けていきたいですね。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
補い
朝起きて毎日ヒゲをそる。
認知症という状態になってとんにんかんな事が増えても、体で覚えている記憶(手続き記憶)はしっかり残っています。
しかし、自分から適切な時間・場所・物を組み合わせて主体的に行為を行うのは難しくなっていきます。
そんな時の私達の仕事は「補い」です。
ヒゲをそらないなら、剃って差し上げる
ではなく
ヒゲを自分の力でそれるように、セッティングやきっかけをつくる
ことが仕事です。
この方も起床後、鏡の前に案内しヒゲ剃りを渡すか、手を添えて顎にすると鏡をみながら剃り始められます。
これは機会の提供、セッティングです。
しかし途中で終わられてしまいます。
そこから先は補いです。
手を添えて一緒に剃るか、ひげ剃器を預かり、残りを剃ってさしあげる。
何か関わりをしている時に、
セッティング
流れ
声かけ
補う方法
をどう組み立てているか、分解して考え・工夫すると、次への工夫が見えるのではないかと思います。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
その後、自ら髪を整え始められたのですが、持たれた道具は・・
「歯ブラシ」(おしいっ!)
「クシ」に持ち直して頂き完了です☆
まだまだまだ
開設から4年半。
最初の頃と比べると年月が過ぎ、皆さん歳をとり、要介護は重くなり、認知症の状態も進行していきます。
グループホームの2階はまだまだ、笑ったり怒ったりの賑やかな日々が続いていますが、現在の1階はだいぶ停滞した空気感に包まれているのが現状です。
皆がぴんぴんころりと最後を迎えれる訳ではありません。
日々の生活活動を通して脳と体に働きかけてきましたが、時間の経過とともに体、脳の機能が落ちていくのはなかなか止められません。
食材を買い出しに行ったり、食事を作ったり、洗濯を干したり取り込んだりは変わらず行っていますが、ちょっとでも時間があくと・・
皆うつむいて、シーン・・
となってしまう場面が結構多くなっています。
大正生まれの方々が半分くらいみえたり、認知症の症状が難しい方々がみえるので、体がしんどかったり、訳が分からない中で暮らしていらっしゃるので、そうなるのも仕方ないと捉える事ができるかもしれません。
しかし僕らは、最後のその時まで挑み続けるのが仕事です。
僕らが、目の前の状態に慣れてしまったり、諦めてしまう訳にはいきません。
確かに休む時間も必要ですが、休んでばかりもどうかと思います。
暮らしの中にメリハリの要素を持ち込めないか、アプローチを考えていき続けたいですね。
先日は、最初の写真の状態から、掃除の場面にシーンチェンジを行いました。
机をどけ、椅子を上げ、掃除の開始です。
皆が掃除活動できる訳ではありません。
掃除をやりたくない方もみえます。
「休みたい方は、掃除が終わるまでお部屋で休んでて下さいね」
そんな案内をしながら、生活行為を開始しました。
なんだかんだ、主体的に参加したり、軽い声かけにて行動して頂けました。
まだまだまだ。
「自分達のための生活行為を自分達でどうしたらできるか?」
を考え続け、アプローチし続けていかねばと思いました。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
再会
「こんにちは~」
聞きなれた声とともに事務所へ入ってきたのは・・
かつて、新入職員で滝子の施設立ち上げに尽力してくれた元職員さんでした。
(夜勤明けで一休み中の副施設長佐藤もうれしいオドロキ!)
様々な理由で波の女を卒業して行った職員さん達が、時々遊びに来てくれるのはとても嬉しいことです♪
この女性は、
「先月入籍しました☆」
と報告を兼ねて、滝子を訪れてくれました。
滝子の立ち上げを経て、もともとやりたかった仕事へ転職し、今も
「とても楽しいです」
と仕事の充実ぶりも報告してくれました。
開設時の4年半前からいらっしゃる入居者さんも結構残っているので、そちらにもご挨拶してまわりましたが、結構皆さん覚えていらっしゃりました。
覚えにくい、思いだしにくい認知症という状態にある方々ですが、入居者さんの能力にもびっくりです。
きっと皆さんの記憶に残る、いい関わりをしてきたのでしょう☆
仕事にプライベートに、素敵な時間を過ごしている、元職員さんと再会できて、こちらも幸せな感じになりました。
ありがとうございます!!
「ここの仕事(滝子)で学んだ事が今もすごく活きています!」
そう言って頂けて、改めて素敵なご縁だったのだと確信できました。
頑張れ!波の女卒業生達
また遊びに来て下さいね☆
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
基本原則
介護現場で「看護師と介護職の連携が・・・」
と相談されることがあります。
看護職は医療職として、介護職は福祉職としての教育・感覚があるので、両者のものの見方、考え方、価値観が違っていて当然です。
また、根底にある、もともとの仕事に対する考え方、性格傾向も異なる事が多い。
結果、摩擦が生じたり、対立することも・・
双方の理解の違いは、自分の役割・責任を果たそうと思うほど強くなってしまいます。
どちらか一方の意見が通れば、片方の不満は潜在的に根深くなっていく・・
そうなる前に相互理解の1歩は
「話し合い」
ですね。
「相手が変われば解決する」と思っていては状況は変わりません。
相手もそう思っているからです。
ではどうすれば解決の糸口を見つけれるか・・
それは、
「自分が変わるということ」
そして
「相手の置かれている現状を知り、意見を聞いてみること」
誰もが自分を理解してほしいと思っています。
自分の意見を聞いてもらいたいと思っています。
その先には衝突か、どちらかが不本意ながら折れるかしかありません。
そこを突破する上で大切な姿勢・・・それは
「自分を理解してもらうということは、相手を理解しようとすること」
この互いの姿勢が事を解決していく基本原則なのだと思います。
人はそれぞれものの捉え方や考え方、価値観が異なっています。
しかし異なる価値観をもつ両者は、先の姿勢を意識し、協働していけばいい仕事になりません。
看護職と介護職だけの事ではありません。
すべての人間関係にも共通している大切な姿勢なのだと思っています。
この基本原則を理解したうえで、話し合いをしてみませんか?
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治