どうやったんですか? (後)
(2月22日の続き)
「手間暇かかる」「難しい」「困っている」「大変だから」・・
そんな理由は、現場ではいくらでもあります。
ここで一番大切な事は、「困っているのはご本人」という事実です。
自分の力ではどうすることもできず、介護サービスを利用されているのです。
そして私達介護の専門職が必要という事なのです。
その必要とされている介護職としての存在意義は何なのでしょうか?
自分のやりたい介護をするために私たちは存在している訳ではありません。
「ありがとう」と言われたくて仕事をしていてもだめだと思うのです。
入り口やきっかけは、そのようなこともあるとは思います。
しかしそのままですと、厳しい現実に行き詰ってしまうでしょう。
プロの介護職としてのやりがいは、その先の世界を見れるかどうかだと思うのです。
目の前の方が人として生きていく上で、必要としている事を必要な時に必要なだけ提供する。
そして提供するに必要な関係性や、必要な仕掛けや工夫を行い続ける。
困難な事を乗り越えた先に見える風景や関係は、この仕事の「醍醐味」です。
介護職としての存在意義の一つはそこにあるのだと思います。
五感を働かせ
空気を読み
タイミングを計り
人と人として向かい合い
コミュニケーション力を使い
環境を工夫し
予測力を働かせ
働きかけ続ける
そんなあれこれやりながら、困難なことを乗り越えた時の「成功体験」そのものが、目の前の方にとっても、自分達にとってもとても大切な事となります。
そこにたどり着くために、大切な職員間の声かけが
「どうやったんですか?」
だと思うのです。
一人一人の職員はそれぞれに、得意分野や技やこだわりや視点をもっています。
全てにオールマイティな職員はそうはいないでしょう。
だからこそ他の職員がうまくやっている事、成功したことなどにアンテナを張り、
「どうやったんですか?」
と聞き合える職場環境が必要だと思うのです。
波の女も、自分達の引き出しを増やせるように、
「どうやったんですか?」
「どうしたらうまくいくんですか?」
と、声を掛け合える集団になっていけたらと思います。
全ては、目の前の方々のために。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
今日はなんだかまとまりがなくなってしまいました。。。
そんな時は頭を休めないとですね。
名古屋インターから7分程度でこの風景に出会える場所があります。
覗き見
前回の続きは1回先送りさせて頂きます。(ひっぱってすみません)
大阪の仲間からメールが来ました。
ご本人了承して頂けましたので、公開させて頂きます↓↓
おはようございます。
昨日(21日)、名古屋に用事があったので帰り(夕方)に
勝手に波の女さんを外(車)から覗き見しちゃいました(笑)
一瞬だったので、もう一回りしてもう一瞬の計2回!
ちょうど、夕食の準備前?だったみたいでリビングのテーブルの上にたくさんの野菜が並んでいました。
選択支援が徹底されている事が‘素晴らしいなぁ’と感じました(*^_^*)
栄市場さんも見学しちゃいました。
素敵な市場でした。
リビングからNさんが怪しい私の黒い車を不思議そうに見ておられました(^_^メ)
見世物じゃないと怒られそうなのでメール(報告)をどうしようかと悩みましたが
一瞬の見学ででもたくさんの元気が出たお礼を兼ねて、ご報告しました。
とのこと。
気にかけて頂き、ありがとうございます。
ブログをチェックして頂いており、時折メールでやり取りさせて頂いている方です。
まだお会いしたことがないだけに「声かけてくれればよかったのに?」と聞いてみたところ、「 突然だったもので、アポなしで行くのは失礼かなと思いまして…m(__)m」
いやいや、突然でもなんでも、隠すものではありません。
いところ?も、まだまだなところも、オープンスタイルを目指している「波の女」ですから。
「見せる介護」
「見られる介護」
を社会に示していきたいと思っています。
開かれた介護は、質の向上、虐待予防にも繋がりますしね。
いつでも、突然でも、遊びに来て下さいね♪
繋がりが広がるとありがたいですね。
嬉しかったです。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
「本当はお伺いしたかったのですが…(^_^メ)
因みに…
覗き見って犯罪???苦笑
ブログupに犯罪を公に…????」
と後のメールできていました。
いえいえ。
施設側からわざと道路に見えるようにしていますし、軽犯罪法に記載があります。
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
23.正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
とあります。
仲間がわざわざ探して寄って頂いているのですから、正当な理由はたくさんお持ちのはずです。
突撃訪問、お待ちしております☆
どうやったんですか? (前)
「手がかかる人だった」
「入浴介助で困っていた」
川崎の施設の事件でこんな話がでていましたよね。
波の女でもそのような状態の方はたくさんいらっしゃいます。
職員達は皆悪戦苦闘の日々です。
普通はどこもそうですよね。
写真の方は、波の女の中でもダントツに難易度が高い方です。
その方の入浴介助を昨日させて頂いたのですが、その時の様子です。
*ご家族了承の上での掲載です。「由美かおる風にお願いします(笑)」と返事頂けました。
たぶん湯船につかっている姿は誰も見たことのない風景でしょう。
と、偉そうにいっていますが、自分もまだ4、5回しか入浴介助していないうちの「たまたま」だったのかもしれません。
自慢をしているのではなく、いい介護ができて自分も「嬉しい!」という事をお伝えしたいだけです。笑
1年以上前に、1回湯船に入れた以来でしょうか。
その他のアプローチは、大きな声で嫌がられるのをなだめながら、だましだましシャワー浴するするのが精一杯でした。汗
他の職員達も2人がかりで悪戦苦闘している姿をよくみかけたりします。
排泄介助、入浴介助等は、人としてのプライバシーや尊厳に関わる究極の領域です。
それに加え、認知症や精神疾患等、状況判断がしにくくなっている方への介護は結構手間暇がかかるものです。
そんな先に工夫に工夫を重ね、努力と専門職としての姿勢で突破した時の風景は、格別な達成感があります。
「うまくいくか・・・?」
「どうしたらうまくいくか?」
「これはどうか?あれはどうか?」
「こっちの方法は?」
・・・
「うまくいった!!」
この感覚は、そこに立ち会えた人だけが味わえる特別なものだと思います。
困難を乗り越えた先の風景を、1人でも多くの職員さんに味わって頂きたいものです。
現場の職員さんにも伝えていきたいと思います。
それが介護の醍醐味なのだと思います。
(2日後のブログに続きます)
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井真治
それにしても「由美かおる風」って誰でしょうか?笑
一緒に挑んで頂ける家族の存在は心強いものですね☆
合否
今回のブログは私事です。すみません。
19日は介護福祉士筆記試験の結果発送の日でした。
(以前9日と間違えてブログUPしていましたね 汗)
今日以降、受験者もとに結果が届き始めています。
自分の家にも夕方届いていました。
合格でした。
一生懸命やったのに、不合格の方もいるので、なんだか微妙な心模様ですが・・
とはいえ、やはり嬉しいものですね。
応援?心配?してくれた方々、ありがとうございました。
今まではどちらかといえば、資格不要論者という訳ではありませんが、
個人的には資格への憧れやこだわり、必要性を感じなかった自分ですので、そういった意味では不思議な感覚でもあります。
表向き
資格なんかなくたって、いい介護はできる!
資格を持っている人に負けない介護ができるはず!
その実は
勉強嫌いだし、記憶力ない自分に自身がないから、試験は嫌い!
そんなこんなですが合格しましたので、これからは国家資格である「介護福祉士」としての誇りとプライドを持ち、国民のために尽力していきたいと思います。
そして約140万人の先輩の方々の後をついていきますので、ご指導下さいませ。
通知が届きだした夕方頃から、社内で受けた職員さん達から「合格しました!」という連絡がきたり、「届いていないか?」と連絡したり等、皆で結果を確認しあう動きが盛んになりました。
もちろん、和田行男や社長からも確認の連絡が来て「おめでとう!」と嬉しい言葉を頂けました。
資格に見合った「知識や技術」をしっかり活用しながら、それを適切かつ効果的に使いこなせる「センス」と「人間性」も同時に伸ばしていきたいと思います。
一般企業からこの業界に飛び込み満19年。
今更ですが、その到達点としての今回の結果をありがたく受け止め、20年目の始まりに向け専門職として磨きをかけていきたいと思います。
今後ともご声援をお願い致します。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
あ!実技試験が3月6日ありました。
まだ確実に受かった訳ではありません。
ここで「落ちる」というオチがあるかもしれませんね。笑
そういえば、通知のはがきのオモテ面には・・
「実技試験受験票」と表記がありました。
これにより、すぐに合格しているのが分かりますよね。
中を開けて合否が分かるというドキドキ感がない仕組みはどうなんでしょうね?笑
転換
世間を騒がせている施設スタッフによる連続容疑の話でもちきりのここ数日
世間一般や家族の立場では
「殺人なんてありえない」
「許される事ではない」
一方で介護職や現場を知る方の立場では
「他人事ではない」
「起こりえる」
大きな波紋が広がる事件には違いありません
失った命は戻らないのですから、ご本人家族の苦悩を察します
しかしここから始まる1歩もあると思うのです
大きな反省とともに、次に何が活かせれることがあると思うのです
それは、利用・入居される方の家族や、地域近隣の見る目が変わるのでは?と思うのです
今までよりも厳しい目で見てもらえたら幸いですね
自分の立ち振る舞い、言動が「見られている」
相手の目を通して自分の仕ぶりを「見る」
そんな感覚、センスがまだまだ足りないだらしない業界なのだと感じています
もちろん「波の女」だってそうです
介護スタッフの「自分がやりたい・追求したい」を行うのが仕事ではありません
目の前の要介護状態の方々にとって「必要なことを」「必要なだけ」提供するのが仕事です
時に「本意」の実現に尽力したり
必要に応じて「本位」を実践したり
その結果、関わっている要介護の方々が「人として生きる姿」を維持・取り戻せていくとか、家族が暮らしを取り戻せていけたら素敵ですね
目の前の方々は、どのような姿で生きていますか?
家族や地域の方々の目には、利用者・入居者の姿がのように見られているのでしょう?
そこが仕事の結果であり、到達点なのだと思います
今回の事件を機に、全国の介護事業所、介護従事者の気が引き締まればと思います。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
つなぎ
毎月小規模多機能・クラブ滝子では「家族懇談会」を開いています。
ここ1ヶ月のトピックスや、サービス利用の状況を写真でお伝えしたり、事故報告を行ったり、来月の予定を確認しあったりしています。
その中で、「定員や宿泊の調整が難しい日があったら、うち(利用者)がずらすから言ってくださいね」等ありがたい言葉を頂けたりします。
その中で、今回は改めてではありますが、職員の紹介を1人ずつさせて頂きました。
「顔は分かるけど、名前は分からなかったですね」と家族。
他の事業所では、壁に職員の顔写真と名前を貼り出していたり、その日出勤のネームプレートを掲げていたり、施設新聞やペーパーで紹介したりしていたりしていることと思います。
本当に今更で、申し訳なかったです。
職員と家族は、利用者を介して繋がっていけるといいですよね。
家族に代わって、利用者さんと関わらせて頂いている訳ですので。
どんな職員が自分の大切な身内の介護をしているのかを知る
2月3日の「和田行男」のけあサポのブログにも通じるものですが、人と人を丁寧に繋いでいく事が大切な仕事でもあります。
どこまでいっても、「人」と「人」が共に織り成していく世界ですので。
しかしそこに注意点もあります。
職員と家族との接点が増えると、利用者さんに関するやりとりも増える事になります。
その時に、一現場スタッフだけの「主観」や「情報」を伝える・述べる・答える事はしないようにしないといけません。
何気なしに話した言葉は、家族からみれば事業所代表の言葉に聞こえると思うのです。
利用者さんに関する大切な「情報伝達」「質問」「相談」等に関するやりとりは、事業所の責任者等の「窓口」となる立場の者が伝える・答えるようにしたいものです。
家族の窓口も一本、事業所の窓口も一本
大切な情報交換や方針などの決定は、この1対1でやりとりする。
これが互いの「ズレ」「誤解」を防ぐ一つの方法だと思います。
現場スタッフとのやりとりとしては、日常的な会話や労いの言葉をかける事を中心に、家族からの情報、お願い事や質問を預かり、責任者に伝える役割りを担ってもらうのがいいのではないかと思います。
今一度、そのような事も職員と家族に対して確認していきたいと思います。
話が広がりましたが「家族懇談会」ですので、職員ぬきで家族同士が「懇談」する機会も増やしていきたいと思います。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
「くだらない」
いや、なにげない、日常会話が得意な職員といえば。。(笑)
戦い
11日の全国向けニュースに出ていました。
「介護に向いていると思われていた30代のベテラン介護士(訪問系)が、訪問先で財布から現金をネコババ」・・・
「抜き取った後に財布から指紋をふき取る仕草も(ビデオ撮影)」
家族が問いただしたら、「知らない」と答えたため、家族が告発に踏み切ったとのこと。
・・・
同業者として言葉になりません。
それと共に、自分は、自分の事業所は大丈夫であれるように気を引き締めなければと感じました。
自分達の仕事、存在は何なのか?
誰の為に何をすべきか?
誰から給料を頂いているのか?
介護は「自分」との戦いです。
誰だって自分の中に「善」と「悪」、「光」と「闇」、「聖」と「魔」を持っているのだと思います。
しかし仕事中においては、マイナスの面を封じ込める「強さ」「勇気」「努力」「思い」が必要となります。
それは対象となる方々が、自分達を必要としている状態になられているからです。
「誰も見ていない」「誰も分からない」「本人から訴えれない」「家族は言いにくい」
色々あると思いますが、大切に捉えるべき事実としては「信じてくれている」ということです。
その思いに「応える」べきで、裏切ってはなりません。
自分に負けるのであれば、この仕事を続けてはいけないのだと思います。
事業を続けるべきではないのだと思います。
最近マイナスなニュースばかり。
介護業界、ポジティブで、前向きで、ナイスで素敵なニュースを取り上げられるように、業界をあげて奮闘すべき時なのではないでしょうか。
その最前線は、私達一人一人なのです。
共に、戦い続けましょう。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
繋ぎ
「私(左側)最近あの人苦手なの(右側)」
写真とは別の日ですが、対象者がみえない時にぼそっとつぶやかれました。
私達の仕事は、有する能力に応じ、「補い」「できるように」といった介護や支援の仕事だけではありません。
「人」と「人」が、共に織り成して行けるように、関係性を「繋ぐ」のも仕事の一部です。
それは「人として生きる」ということを目指していく上で必要なことだと思うのです。
相性や症状、状態の違いにより、アプローチしても埋まりにくい事もありますが、諦めずにあの手この手を尽くしていきたいものです。
関係性を取り戻す、繋ぐために必要なアプローチの一つは、「共同作業」
同じ目的のために同じ作業を行い、「できた」という達成感の積み重ねが大切だと思うのです。
「買い物」「袋詰め」「調理」「片付け」「掃除」「洗濯干し・たたみ」
そんな生活行為を中心に、共に在り、共に活動し、共に食べ、共に語り、共に笑う
そんな体感的行為の積み重ねが関係性構築には欠かせません。
そこには「隠し味」「スパイス」が必要で、その働きをするのが「職員」となります。
それぞれが、要介護状態、認知症等にある方々ですので、関係調整や仕掛けをしないと、仲良し、仲悪、単独に別れてバラバラになっていくばかりです。
そして狭い空間の中で、互いに嫌な感情を持ち合いながら、表情冴えなく、言葉も交わさず、ただただそこにいるだけといった空間になってしまうかもしれません。
職員にも個性やカラー、雰囲気がありますので、皆同じようにとはいかないまでも、「意識を持ち」「役者を演じ」関係性を取り戻す、作る役割を担えるようにしていく必要があるのだと思うのです。
そんな時のコツの一つ?に、対象となる相手のいないところで、「○○さん(苦手だと思っている人)が、△△さん(苦手だと言った本人)のことを、すごく褒めてたし、感謝している話をしていましたよ」と伝えてみたりします。
人は「直接」感謝されたり、良く言われる事も嬉しいものですが、その効力を倍増する方法として、「○○と言ってましたよ」と影でうわさ的に言われたかのように伝える「間接」的な言葉の方がより響くものです。
その逆もそうで、間接的に聞く悪口の方が気になるしこたえるものです。
あの手この手で、良いスパイスをきかしてそのフロア内の空気感、人間関係を整えていけたらと思います。
「ありがとう」が言えない方は、「ありがとう」を代弁する必要もありますよね。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
わぁ!
「わぁ! すごいね」
起床のアプローチをした時に、壁に自分の髪の影が映りました。
利用当初と比べ、ピントが合わない言動が増えてきたAさん。
そんな暮らしの中においても、自分の身だしなみへの意識はまだまだ健在。
そして影を見て判断できるということは、すごい事だと思うのです。
朝日を浴び、壁に映った影を見た瞬間に「髪が乱れている」と分かるのは、「見当」「判断力」「空間認識力」、もちろん日ごろからの「観察力」や「記憶力」がベースにあります。
すごく大ざっぱですが、Aさんの反応を分解してみます。
当然ですが目が見えています。
「影」が「影」だと認識できています。
その映りから、自分の髪がどうなっているかが想像できています。
そして「普通は・・」という状態がどのような状態なのか記憶が残っています。
その記憶と照らし合わせる事ができています。
その結果、普通の状態ではないという判断ができています。
その状態を笑いとばせるセンスや感情表出、乱れている髪に手をあてたり、声に出す能力をお持ちです。
そんな反応を1秒足らずでしてしまえる訳です。
認知症という状態にあっても、まだまだですよね。
人はどのような状態においても、有している能力はたくさん残っています。
本当にすばらしいことです。
そのような能力・脳力を認め、「人ってすごいなぁ」って思える感性を大切にしていけたらと思っています。
さりげない言動や、一瞬の出来事を分解して考え、目の前の方の能力について考えてみる癖をつけるのも、専門職に必要な能力なのではないでしょうか。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
不本意
「○○」
「××」
「△△」
繰り返し3人の子供の名前をつぶやき続けるAさん。
インフルエンザを発症し、介護者不在にてクラブ滝子の宿泊サービスを利用され始め、何日かが過ぎたあたりからこのつぶやきが目立つようになってきました。
宿泊サービスを理解できないし、なじめない。
落ち着かないし、寝れない。
分からない・・
なぜこんな事に、こんな所に・・
そんな状態においても、泊まり続けなければならない。
全くもって「不本意」な状態での宿泊利用。
ほとんど軟禁状態とも言えるでしょう。
ご本人の「本意」としては「帰りたい」
介護事業所としての「本位」は「泊まって頂く間に体調を整えたい」
通常の状況や判断能力であれば「本意」>「本位」も大切な時があります。
しかし、体の状態によっては、「本意」<「本位」となる訳です。
当然、「インフルエンザ」という病態
「介護者不在」という家庭環境
歩行は不安定で転倒が増え、認知症による理解不足も多いとあっては、自宅に1人で過ごして頂く訳にはいきません。
事業所内の他利用者や職員に「感染」のリスクが大きくのしかかってきます。
それはまずいことは100も1000も分かっています。
それでも、目の前の状況に何とか「応えたい」
できることは何でも「したい」「しなくちゃ」
関わった以上、そんな介護事業としての使命感が働き、受け入れさせて頂き、7泊され、本日自宅に戻られました。
この7泊8日間は、「本人の意志」とは反対の「帰れない」状態であり、認知症による混乱が増えてしまった結果、冒頭のつぶやきがでたのでは?と推測しています。
一生懸命、自分が自分であるための生命線ともよべる、最期の砦の一つなのでしょう。
忘れていけないもの。
忘れていけないこと。
そんな子供達の名前と存在を、繰りかえし繰りかえしつぶやき、確認し続ける事をしないと、自分が分からなくなってしまうという危機感からの言動ではないでしょうか。
もしかしたら、混乱とストレスにより、認知症の進行が早まる可能性も捨て切れないのだと思います。
自宅での暮らしを続けることもリスクはあります。
入居等の泊まり続けることも違うリスクが発生します。
本人もしくは家族が、「覚悟」決めてサービス利用を決めたのであれば、私達介護事業者も覚悟を決めて受け入れ、覚悟を決めアプローチし続けねばならないのだと思います。
その人を中心に考え、一生懸命関わってもいい結果にならない事もある。
それが「本位」の奥深い一面なのかも知れないですね。
「なんとかしたい」そんな姿勢を失わないようにしたいものです。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
今日夜には、和田行男による「本意」と「本位」を絡めた研修会が、近所の喫茶店を貸しきり行われました。
波の女のために、延長貸切営業をして頂き、感謝致します。
それにしても動きがある方の割りに、インフルエンザが他の方に感染しなかったのは、すごい事だと思っています。
湿度、喚起、消毒、セラ水の噴霧、手洗い、マスクetc..
その中で、消毒にいそしんでいた菅原君は、ご褒美の食事会。
カレー600gをぺロリと食べていました。
お疲れ様☆