入り口が肝心
本日、グループホームに新しい入居者さんをお迎えさせて頂きました。
最初にお会いした瞬間に「これはなかなか難しいな」と感じました。
職員のスキルアップというか、枠を広げなければいい支援に結びつかないだろうと予想できます。
いや、きっと入居者さんに学ばせて頂き、職員がスキルアップできる大切な機会となることを期待したいものです。
親切丁寧な関わり・・・というより、「大人としての対応力」が問われるようです。
そこが弱いチームだと思うので、いい機会ですね。
「婆さんに学び、婆さんに還そうね」です。
自分の意志とは関係なく、連れてこられた施設。
入りたくって入った訳でないという、ご本人の心境をどれだけ汲み取れるか。
施設の暮らしで「生きている実感」を感じられるようなアプローチがどれだけできるか。
私たちの智恵と努力、チーム力が問われることになるのかも知れません。
いずれにしても、最初の短期の間のアプローチはとても大切な時期です。
入り口は肝心です。
【肝心】 肝臓と心臓が人体にとてとても重要という意味に絡め「最重要」を表しているのでしょうが、「肝に銘じる心を持ち続けること」と、勝手に読み取ってみてもいいのでは。
今後の悪戦苦闘に乞うご期待下さいまし。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
本日の夜、波の女の女性スタッフの食事会がありました。
一部のパートさんは来れませんでしたが、ほとんどの方が参加されていました。
女子会ですね♪
少しだけ潜り込んでみました。
飲めや食べれやの中で、たわいもない事を話していましたが、チームの人間関係にとって、モチベーション向上にとって、大切な機会になるのだと思います。
ステキな仲間達!
盛り上がって、盛り上げていこうぜ!
女性スタッフ勢ぞろいということは、施設に残っているスタッフ達は皆・・・
きっと不気味なオーラを放っていることでしょう。笑
介護はコミュニケーション力
「コミュニケーション力」とは何なのか。
上手に話しができればいいという事でしょうか?
相手の存在を認めているか。
認めようとしているか。
能力を認めているか。
認めようとしているか。
人として対等でいるか。
対等でいようとしているか。
人の可能性を信じているか。
見出そうとしているか。
人を信頼しているか。
しようとしているか。
そのような捉え方、価値観、思い、姿勢が大切なのではないでしょうか。
そのような思いが、非言語サインとして発せられるのではないか。
特に認知症という状態にある方には、ごまかしはききにくいように思います。
そこに疑い、不信、見下げる、軽んじているといった自分の内面があると、気づかないうちにそのメッセージが相手に届いていくことになるのではないでしょうか。
当然、関係性が構築しにくくなり、介護、支援の場面に影響がでることになるように感じます。
言葉が丁寧なだけでは難しいということになりがちです。
コミュニケーション力は、「上手に話す」ということではなく、「人を認めること」ができる自分自身の構築が鍵なのだと思います。
いかがでしょうか?
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
おととい、昼食を回転寿司で食べられた方々がみえます。
100円寿司ではないお店だとどうなるか・・・
色とりどりのお皿が積まれていきます。
結構高価な皿も混じっています・・・
声かけはするんですけどね~
記憶の障害に加え、判断力も衰えていらっしゃるので当然といえば当然でしょうか。
次回は100円寿司をすすめてみようかな・・・笑
命の重み
開設当初より入居されていた Jさん
先週、体調を崩し入院となってしまいました。
2年4ヶ月の間に体重は5Kg程落ち、最近では起き上がるのが精一杯で、歩行も付き添いでなんとかギリギリ歩かれていたものの、気力、体力共に低下の一途をたどるばかりでした。
「分かりません分かりません」「どうしましょ」「寝かして下さい」・・・
最近では一日中うわ言のように話され続けていた Jさん。
僕らは何ができたのでしょうか。
それなりに自立支援、生活支援を軸にスタッフでアプローチを続けてきましたが、それでも認知機能、体力の低下を食い止めることができず、今回持病(多分)の悪化で入院となってしまいました。
もともとギリギリの暮らしでしたので、今回の入院で寝たきりになってしまう可能性が高いばかりか、もしかしたら最後の時を迎えることになってしまうという最悪の事態も想定せずにはいられません・・
私たちの力不足、認識不足も間違いなくあったことでしょう。
本当に申し訳ない。
人生をまるっと預けられている私たちは、今回の事態を真摯に受け止め、反省しなくてはならないのだと思います。
そして次のチャンスに活かせるようにしなくてはなりません。
「婆さんから学び、婆さんに還そうね」をうたい文句にしているし、そうあるために尽力し続けなければならないのだと思います。
それが人生を委ねられた私たちにとって、とても大切な姿勢だと思うのです。
「無力・・」と思わずにはいられませんが、足を止めることなく日々挑んでいきたいものです。
そう遠くない間に訪れる、最後のその時まで。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
昨日は、県内の訪問介護スタッフ向けの認知症研修会の講師を務めさせて頂きました。
認知症に関わる最前線のスタッフの皆様からたくさんの学びとエネルギーを頂きました。
ありがとうございます☆
スピーチロック
忙しい日常の業務に流されて、入居者様に対し「座ってて」「待って」「だめ」・・・等、当たり前のように、スピーチロック(言葉の拘束)が使われている・・・
スピーチロック「ゼロ」を目指していきたいと思っています。
ある方の実習計画書にこのような取り組み目標が書かれていました。
我が滝子はどうなのだろうか・・・
「ゼロ」とは言いがたい現状があります。
「スピーチロック」は厳密に言うと「虐待」です。
自分の力では自分を守れなくなっている方々が目の前にいらっしゃります。
その方々の「人権」「尊厳」を守るために私たちが仕事をしている訳ですし、目の前の方々から給料を頂き、私たちが生活をしているということを忘れてはいけないのだと思います。
ただ、職員も「人」ですので、ストレスがたまるとついつい言葉がきつくなるのも分からなくはありません。
ですので、職員のストレスマネジメントも大切にしなくてはなりません。
「話し合い」「方向性を共有」「大変さの共有」「ストレス発散」などのアプローチをしながら自分達を律していきたいものです。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
入居者に棚の掃除をさせているのではありません。
無理やりさせるのでは「虐待」ですから。
皆さん、おいて置くだけで(仕掛け)自ら進んでやられているので、これは「主体性」です☆
職業人として
皆さんの関わっている方は「人」として生きていますか?
「もしもし もう切ります」
それ、TVリモコンですが・・・
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
そこにいる意味
昨日、男性の新しい入居者さんがグループホームへ入られました。
なぜここに来たのか、なぜここにいなくてはならないのか・・・
「今日からここで暮らしていくことになりました」
という説明がご本人に納得できる訳もなく・・・
「家へ帰ります」
という明確な表現もできないまま、ホーム内を行ったりきたり。
何度となく外へ出てみたり。
ご本人の立場になってみると「ごもっとも」なことであります。
望んだ訳でも、理解した訳でもなく、いきなり劇的な環境変化の渦中に放り込まれた不本意な状況。
私達は何をしなくてはいけないのか・・・
まず、ご本人の気持ちを受け止めようとする姿勢。
言葉をうまく聞き取れなくても、「受け入れ」「共感」を存分に発揮する必要があります。
対人関係の中で、自分の存在意義を感じて頂く機会ということです。
あとは体感的に「できる自分」「やることがある」という「そこにいる意味」を感じられる機会をどれだけ作りだせるか、引っ張り出せるか、積み重ねられるかということが大切だと思います。
それもここはグループホームですので、「塗り絵」や「パズル」などの作業ではなく、自分の暮らしを自分の力を使い、発揮しながらという生活行為を中心に「そこにいる意味」を感じられるようにアプローチしていきたいものです。
そんな方向性の中、昨日から今日にかけて色々と関わってみました。
掃除(ほうきや掃除機、雑巾)、洗濯(干す、たたむ)、調理(包丁を使っての下ごしらえ、盛り付け等)片付けに加え、計算、PCを使ってのコミュニケーション、新聞読み、買い物、ドライブ、喫茶店、夜の晩酌、囲碁、他入居者との関係作り等々と続々アプローチしていっています。
男性であっても自分が生きていくための必要な行為であれば、お構いなしに支援を試みていきます。
その甲斐あってか24時間という短い時間の中で、既に馴染みだしているようにも見受けられる状態となっています。
それはスタッフによる支援力だけのものではなく、ご本人が持ってみえる「環境に適応する力」が発揮されているのだと思います。
素敵ですね。
「そこにいる意味」
それは家であっても、どこであっても、人が生きていく上で自分の存在価値を感じながら過ごす中で、とても大切な体感的行為であるのだと思います。
自分の力を使って自分の人生を歩むー
生活支援に挑み続けていきたいと思います。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
今日も暑い昼夜です
梅雨が明けていないとはいえ、暑い日々が続いています。
毎日、買い物に出かけられる車椅子の方の新アイテムを試用中。
車椅子のパイプに取り付けられる日傘です。
介助者が押す時に前が少し見にくいのですが、なかなかいいですね。
ホームセンターのアウトドアコーナーにて1000円くらいで販売中~
本日、ちょうど3ヶ月ぶりにいきつけの床屋に行かれたI氏。
本日も31段の階段を必死に上り下りされました。
なんとか維持できているようです。
毎日、活動不足もあって夜間不眠気味のI氏。
床屋の後は買い物にも行かれ、今夜はゆっくり休めるかな・・・
と思いきや、先ほど夜勤者から悲鳴の連絡が。(もともとは違う相談ですが)
やたら元気なご様子で「委員会を立ち上げよう!」等々はりきっていらっしゃる様子。
昼間の活動の余韻ですかね。
がんばれ夜勤者! 笑
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
「心地よさ」を乗っける
昼食の食材の買い物に誰が行くか? がきっかけで大喧嘩が勃発しました。
そのまま決行すると、わだかまりが残る可能性大。
ということで、急遽買い物は中止しました。
認知症という状態にある方々にとって、今回の出来事はどのような影響が残るのか・・・
出来事(エピソード)の記憶を忘れがちなのが、認知症という状態にある方の特徴です。
記憶に残っている場合は、その人の置かれた状況に応じて変形する場合もあります。
自分にとって都合のいい?記憶にすり替わったりします。
(事実と異なる記憶に置き換わったりします)
忘れがちなエピソード記憶ではありますが、その時の感情は残りがちです。
今回の出来事も、明日になれば具体的なやり取りは忘れていることでしょう。
でも、今回の互いに「嫌だなぁ」という感情は結構根深く残っていくと考えると、手を打っていく必要があります。
狭い空間で共同で暮らしていく訳ですので、嫌な気持ちばかりでは酷というものです。
ということで、「皆でデパートへ行ってご飯食べて、買い物をしにこう!」と企画を打ち出しました。
「嫌な事」の後には「心地よさ」を乗っけて終わる。
これが私達の大切な仕事の一部であります。
45分かけて徒歩、車椅子でデパートへ。
皆で昼食を食べ・・
皆で「買いたい」といっていたものを購入し・・
感情の一番上に「心地よさ」を乗っけて終わる。。。
こんな関係作りも大切にしていきたいものですね。
夜には「七夕」ということで皆で月を見上げていました。
「願いごとは?」
「お金がたくさん入りますように・・」
ちゃっかりしてますなぁ~ と大笑い
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
「フライドチキンうまいわ~」
夜勤明けのスタッフ(和田)の協力で、今日もなんとか過ぎました。
ありがとうございます。
「?」 を大切に
「なんで(どうして) そんなことするの!」
時々お元気な方が、とんちんかんな方に対して厳しい指摘をされます。
「そんな」は、「!」として感情的にその方に向けられがちです。
「そんなこと」は目で見える現象です。
そこばかりが目につき、カッカしてしまいがちです。
でも本来は「なんで」「どうして」という目に見えない部分に「?」を付けて、起っている現象の原因を察することが大切なのだと思います。
そこが抜けてしまうと、目の前の現象に振り回されるのに終始してしまいます。
そんな「!」は認知症という状態でなくても、私達でもありがちです。
起っている現象、言動には必ずその行動をとる「心理」や「流れ」があります。
そこに目や、心を注ぐことが大切なのだと思います。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
洗濯物を干し終わって一休み
あれ!? そこに椅子は2つしか置いていないのですが・・
おねだり
先日出勤すると、4人の入居者さんから声がかりました。
両手をすりすりしながら「先生~ お願いがあるんですけど~」
と甘い声。
笑顔で「嫌です」と即答。
一同大笑い。
「というのは冗談で、何でしょうか?」と伺いました。
「今日天気いいので、どこかに連れて行ってほしなぁ~」とのこと。
「いいですけど、どこに行きたいかは皆さんからご提案下さいね」とお伝えさせて頂きました。
「連れて行く」より「自分で行く」「行けるように」が大切ですが、新しい入居者さんとの関係作りに大切な時期ですので、そこは快く承諾。
ということで、午後から急遽お出かけ。
時間の関係もあり、イオンへ向かいました。
上手な人の活用の仕方ですね。
認知症があっても、人とうまくやっていくステキな能力です。
滝子通一丁目福祉施設 施設長 井 真治
アイスを食べ、フライドチキンを買って帰る・・
私達と変わらないですね。